2012年6月13日水曜日

ふっとぼーる

一昨日、ヨーロッパの国別対抗のフットボール(サッカー)の試合をテレビでみた。
門外漢ということが前提で(熱狂的なファンの方に謝罪)書くが、スタジアムに何千、何万ものファン(サポーター)が詰め掛けて一心不乱一生懸命に応援している。

なのでちょっとした・・・いやささいなラフプレーでも応援団同士の大乱闘に発展する場合もあるらしい。
このことで、過去に流血事件や暴動にまで発展したらしく、フーリガン対策など現地警察も治安維持にやっきになっているようだ。

敵の陣地までパスで繋いで繋いで相手ゴール付近でシュート。だがそうすんなり行く訳もなくボールが行ったり来たりの繰り返し。しかしここぞという時に滅多に出ない幻想的なプレーが飛び出すからたまらないのだろう。スピード感の素晴らしく迫力満点だ。ヘディングでゴールした時は「日本人のフィジカルでは無理(なプレー)」と解説者が叫んでいた。超一流のプレーはわからずとも見ていて楽しい。

白人や黒人のプレー感は無いそうだが、日本人のシュートやヘディングも相当速いし、クイックに思えるけど…本場にはかなわない。狩猟民族のDNAだろうか、リズム感だろうか。品の無いサ○ーターも何か違うように思えるがうまく言えない。

農耕民族と狩猟民族の違い…狩猟民族は獲物を求め次々と移動を行い、定住しなかったそうだ。
我々農耕民族は収穫があるため、一定地に定住した。だからアメリカ合衆国の大統領が各国訪問の際は必ず奥さん…ファーストレディを伴っていくのもそういった名残らしい。だったら総理大臣が奥さんを連れ回すのは筋が違う。

ふと、我が日本を振り返ると伝統的な国技の相撲は振るわず、横綱以下大関のほとんどが〃外人さん〃が占めている。子供の頃は〃満員御礼〃の垂れ幕がいつもおりていたが、「今日は満員で良かったですね」という言葉を耳にする。

力士は金剛力士像のように逞しい存在であったが、時代の流れかスマートでは無いのだろう
志すものは少ない。もちろん他のスポーツに流れていくことも理由のひとつだ。野球も同様の悩みを抱えていると思う。

大相撲は巨漢同士の体当たりの迫力も必要であるが、スピード感を増すためスマートな力士で構成してはどうか。
そのためにルールを変えてもいい。これまでも長い歴史の中でルールは変わっていったはずだ。

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